コラム
深夜のトランプ
ある日、院内ラウンドから戻った副看護部長が、静かに、良い看護に触れることのできた話を、心込めて語ってくれました。外科病棟で、深夜の勤務時間帯に、患者さんからの希望に応えて、看護師が一緒にトランプをしたというエピソードでした。聞き慣れない出だしに、思わず耳を傾けました。
その患者さんは30代の新婚の女性で、がん末期の人生の最終段階にありました。ある夜、深夜の3時頃、付き添っていた夫が病棟ステーションの看護師を訪ねて相談されました。「妻が看護師さんとトランプがしたいというのです。僕が一緒にすると言ってもきいてくれなくて、“看護師さんとしたい”としきりにせがむのです…、困ってしまって…」という内容でした。
その病棟は50床で、看護師4人の深夜勤務体制でした。ナースたちは相談しました。当日の担当看護師は1年目の新人でした。先輩ナースは、「一緒にトランプをしてきたらいいと思う、他の患者さんは私たちが看ているから、その患者さんのそばへ行ってあげて。」そう言われて、新人ナースは、30代の女性患者さんのもとへ行き、夫も交えて3人でトランプをしました。そう時間も経たないうちに患者さんが、「あー 楽しかった!」と言われ、穏やかな顔で休まれました。夫からもお礼を言われ、患者さんの状態を診て、ステーションに戻りました。先輩たちからは、「トランプできてよかったね。」と労われました。
夜が明けて朝から昼に向かう頃に、その患者さんは静かに息を引き取られました。夫は、「妻の最後の言葉が“楽しかった”だったことがとても嬉しかった、看護師に相談しに行って良かった。」といわれ、妻とともに帰路につかれたとのことでした。
後日、病棟廊下でこのナースに出会うことがあり、「あの患者さんとトランプでどんなゲームをしたのですか?」と尋ねると「ばば抜きです。」と、はにかむような優しい声で答えてくれました。「そうですか、いい時間でしたね。」と言葉が出ました。
看護部の理念に、個別的で質の高い看護、ホスピタリティあふれる看護と掲げていますが、患者さんと夫に訪れた奇跡的なタイミングに、ナースたちがさりげなく創り上げているものに、私は感動の気持ちがこみ上げてくるのです。考えてみれば、ご本人から語られてはいませんが、新婚の彼女は、愛する夫に、心に残る素晴らしい思い出を残し、また看護チームに看護の奥深い喜びを教えてくれたように思います。この新人ナースのこころに、いつまでもこの方のことが温かな印象となって残り、良い看護を求めるあかりをともしていくだろうことに感謝しています。

14年ぶりの1年目は大ピンチ!
